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​小島敦子 プロフィール

小島 敦子
 Atsuko Kojima

全日本空輸株式会社にて17年間、羽田空港の

グランドスタッフとして接客業務に従事。

併せて顧客満足向上プロジェクトに携わり

社内制度の構築業務や社内人材の教育・育成事業を担当。

NLP*や褒め言葉カードを活用して、企業や大学などで

これまで1800回以上の講演・研修を実施。

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  米国NLP(*神経言語プログラミング)協会

       認定マスタープラクティショナー
  一般社団法人 日本褒め言葉協会

        マスターインストラクター資格取得

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なぜ私が「コミュニケーション」を仕事にしているのか

​

1.史上最悪の新入社員

​

私はANAで羽田空港にて、17年間グランドスタッフとして
仲間そしてお客様から学び、多くの気づき、発見、
成長を促がしてくれた会社に心から感謝しています。

 

ただ私は、ANAでの接客経験が長かったことが理由で、
現在の「コミュニケーション」を仕事にしたわけでは
ありません。

 

今だから ようやく話せることなのですが、私は
新入社員時代は「史上最悪の新入社員!」そして
「こんなに失敗の多い新入社員は見たことがない!」
と言われるほど、失敗の数も 会社に与えた損害額も
膨大なもので、あまりの失敗の多さと内容のひどさに
当時、ネタとして集英社の漫画雑誌「スーパージャンプ」に
連載されたほどだったので
す。

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優等生どころか、かなりの劣等生。いや、問題社員!

どのような新入社員だったか想像もつかないですよね?(笑)

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なぜ私が、それほど多くの失敗を繰り返したのか?


それこそ、まさに「コミュニケーション」が原因でした。

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実は、私は幼少時代に体験した複雑な家庭環境が理由で
誰にも心を開けないまま大人になっていたのです。。。


マニュアル通りに対応したつもりでも、蓋を開けてみれば
結果としてできてないことばかり。
自分では理解したつもり、相手に伝えたつもりのはずが
矢印が一方通行になっていたために、まるっきり伝わらず
それが原因で数多くの失敗を経験しました。

​

組織で動くことが苦手なことも、人に自己開示ができずに
心からじっくり話すことに抵抗感を持っていたことも、
今となっては分かる気がします。

​

でも誰よりも数多く失敗したからこそ、そのつまずきの
原因が分かることが、今の強みにつながっているのです。

 

自分の心の内を感じ、相手を思いやることができたのは
誰よりも多くの失敗経験があったからこそなのです。

​

私が「コミュニケーション」に向き合うきっかけになったのは、
幼少時におけるコミュニケーションに対する不自由さや
コンプレックスの体験があったからに違いないと、今では
強く確信しています。

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2.何があっても辛抱強く見守ってくれた上司

​

当時、失敗を繰り返していた私に多くの同僚は冷ややかでした。
先輩からは「この仕事に向いてないと思う」とまで言われる日々。

​

周りから完全に「できない社員」のレッテルを貼られた私は、
そのレッテルを剥がすための努力をしているつもりでしたが
実際には空回りの連続で、まわりに迷惑ばかりをかける状況は、
入社2年目の4月になっても変わらず続いていました。

​

その当時、私がまたもや大きな失敗をしでかしたことで、
上司から会議室に呼び出されました。

​

「また叱られる!」と思って覚悟をしていた私に、
上司は笑顔でこう言ったのです。

 

「お前、最近何かあったのか?なんでも言ってみろ」と。

​

一瞬、何が起きたのか分からず戸惑っている私に、上司は、
責めるでもなく、叱るでもなく、心配して寄り添ってくれて、
「いつも一生懸命に仕事をしているな。仕事が好きか?」など
今まで誰にも聞かれたことがないことを、聞いてもらえたこと
に、私は衝撃を受けました。

​

何だか、この人、今までの上司と違う。。。

​

その年、他部署から異動してきたNさんは、私が初めて職場で
心を打ち明けられる人になり、
私は それまで抱えていた想いを
遠慮なく打ち明けることができました。

・失敗は多いけど、今の仕事が大好きだということ。
・挽回をしたいけど何をどうしたらいいか分からないこと。
・仲間、上司、お客様に迷惑をかけたままでは悔しいこと。
・今まで迷惑ばかりかけたので、周りに何かを返したいこと。
・何でもチャレンジして、今の自分の殻を破りたいということ。

​

Nさんは決して答えを提供せず、辛抱強く私と心から向き合い、

誘導せず、ただ一生懸命に理解しようとしてくれました。

そんなNさんに、自分の想いを伝えようとしたことが、

結果として、私自身が自分と向き合うきっかけになったのです。

​

自分と向き合い、上司とも向き合うことができるようになった
おかげで、それまで多発していた私の失敗は みるみるうちに
数が減るようになりました。

​

そして2年目も終わる頃、Nさんの推薦を受けて、総勢100名の
大々的な社内横断プロジェクトのプロジェクトメンバーに
社内最年少にもかかわらず選んでもらうことができたのです。


プロジェクトを成功させるためには、何にも増して人と関わる
こと!それしかないのですが、コミュニケーションに対しての
コンプレックスがあった私は「未来を変えられるのは自分だけ」
「ここを突破しなければ未来は変わらない」と思い無我夢中で、
がむしゃらに一心不乱に取り組みました。「私を推薦してくれた
Nさんの気持ちに絶対に報いたい」という想いがあったのは間違い
ありません。それこそ睡眠時間を削って本業の仕事と両立して
プロジェクトにも必死で取り組み考えました。

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そのプロジェクトによる成果が、日本初の
機体をクジラに見立てたペイント「マリンジャンボ」の誕生!

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マリンジャンボを見たときの、お客様の“あの満面の笑顔”。
あの笑顔は、今でも私の心の中の宝物なのです。


3.こんな世界があったんだ。。。


Nさんに出逢わなければ、今の私は決してなかったと思います。

​

Nさんが私をプロジェクトメンバーに推薦してくれたこと。
そこで私は自分の人生を変えることができたのです。
人に対する熱い想いが初めて芽生えました。

 

「人をあきらめないこと」。 「人と触れ合い、組織で動くこと」に
初めて興味関心を持てるようになれたのも、この経験があった
からこそ。

​

辛抱強く見守ってくれたNさんが、私の未来に対する

行動や想いを変えるきっかけを提供してくれたからなのです。

​

このプロジェクトへの参加をきっかけに、社内での私の評価は
どんどん変わっていきました。

​

入社6年目には「人事教育インストラクター」に任命され、
3年目社員への研修を行えるようになったのです。
新入社員時代の私を知っている人にはビックリですよね(笑)

​

ここでは まさに、今まで誰よりも数多く失敗したからこそ、
そのつまずきの原因が分かることが、強みにつながりました。

​


そんな私に転機が訪れたのは、社内での役職を任命され
「外部講師による社内研修」を受けたときだったのです。

​

それまでの研修といえば、自分が担当していたように
社内の
先輩社員が講師を務める研修が当たり前だったのですが、
ある程度のポジションになって初めて 社外の講師による研修を

受ける機会に恵まれたのです。

​

そのときの研修は、今 思い出しても衝撃的でした。

​

今まで自分がやっていたことと、次元が全然違う。
説得力、伝え方、興味付け、内容、そのすべてが新鮮で
私は釘づけになっていたのを覚えています。

​

こんな世界があったんだ。。。

​

そのひとつひとつが心に響き、余韻を残し、行動が変わる。


まさに、未来に対する行動や想いを変えるきっかけそのもの。

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あの当時、Nさんが私にしてくれたことと同じだ!と感じた私は
かなり思い切って、自分がもっとも苦しんで、もっとも克服した

コミュニケーションを永遠のテーマにして、研修講師の道を歩む

​ことを決めたのです。

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誰にでも良いところはある、でも意外と自分ではわからない。
そこを掘り起こして、自分らしい姿で喜びながら働く人たちを
1人でも多く増やしたい。

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生き生きと楽しみながら仕事をしたい。
そう思える人が増えたら、人間関係は必ず良くなるのです。

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人はお互いに支え合って成長していくもの。

私自身が、そのような経験をさせてもらえたからこそ
自信を持って そう言い切ることができます。

 

だから私は、今まで関わってくれたすべての人に感謝を込めて、
人が支え合うコミュニケーションのお手伝いをしたいと考え、
社内風土を劇的に改革し、最高のおもてなし集団をつくる
「感動!おもてなし接客術」
を生みだすことができたのです。

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「おもてなし」とは

「目の前の大切な人を想って、ことを為す」ということ。

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今よりずっと、自分も仲間もお客様も大切に想って
心からコミュニケーションを楽しんでほしい。

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そのような想いで、日々 真剣に この仕事に向き合っています。

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